深夜―
山深い場所にある廃墟。人がいるはずもないこの廃墟に、男女の影があった。
｢俺たちはここから動くなってどういうことだ！？｣
｢上からの命令よ。私はあまりここにいたくないけど、仕方ないわ｣
｢ふざけるな！｣
男は転がっているバケツを蹴って八つ当たりし、女はそれを訝しげに見ている。
｢ジェイ、今の状況をわかっているんでしょうね？｣
｢あん？｣
ジェイは女の方をジロリと睨む。女はそれに動じず話を進める。
｢Qによれば、警察は我々組織に目星をつけてるみたいなのよ。今まで派手に動いた分、少しは大人しくした方が身のためだとは思うけど？｣
｢…チッ…｣
ジェイはその場であぐらをかき、苛立ちを見せながら女に問う。
｢…で、上はなんて？｣
｢しばらくはここで待機。そして、機を見てこの都市から離れるよう命令されてるわ｣
｢ふぅん…｣
｢ま、『鬼』がいる以外この都市にメリットなんてあるわけないしね……と、失礼｣
女は携帯を取り出し、電話に出る。
｢はい、アリスです………はい…はい…了解です。ではそのように…｣
アリスと名乗った女は電話を切り、改めてジェイの方へと顔を向ける。
相変わらずこちらを向こうとはしないが、アリスは構わず話しかける。
｢ジェイ｣
｢何だよ…｣
｢チェシャがこっちに向かってるそうよ｣
｢…！？｣
ジェイは振り向き、先ほどとは違う態度でアリスに詰め寄る。
｢マジか。アイツ確か動く予定はないって言っていたが｣
｢急な予定変更はよくあることよ｣
｢やれやれ…また余計動きにくくなりそうだな｣
ジェイは自重気味に笑い、ボロボロのベッドの縁に座り込む。
アリスは表情を一切変えず、ジェイの方へと改めて視線を向ける。
｢とりあえずここで待機して、チェシャに改めて今後の動きを話しあいましょう｣
｢…了解｣
｢あら、やけに素直なのね。雨でも降るのかしら｣
｢槍でも降るんじゃねーの｣
ジェイの返しにアリスは思わず目を丸くした。
月明かりだけが照らす暗がりの廃墟に、ジェイの笑い声が響くのはそうかからなかった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
警察署内―某日・午後12：00
｢このところ静かだな…｣
｢ですね。まぁ他のことで忙しいのは変わりないですが｣
くたびれたシャツを着たベテラン刑事―神埼 十三は、惣菜パンを頬張りながら隣にいる若手刑事と話をしていた。
連続焼死体事件は突如としてプッツリと鳴りを潜めて約数週間。特に変わったことはなく、時間だけが過ぎていった。
現在捜査一課の手を離れてるため、進捗状況はどうなっているのかは神埼でも分からない。
若手刑事は弁当をつつきながら、神埼に話を振る。
｢結局…何だったんですかね？犯人もまだ見つかってないし｣
｢何だったって話じゃないだろう、緋崎｣
｢すいません…｣
緋崎と呼ばれた刑事は、バツの悪そうな表情で神埼から目をそらした。
｢ま、そう言いたい気持ちはわかるがな…｣
神埼は缶コーヒーを一口飲み、天を仰ぐ。
｢犯人の目的が見えてこねぇんだ…だが、連続殺人犯であることに変わりはねぇ｣
｢…ですね｣
｢ま、今は一課の手から離れてるから、何かわかればあちらさんから何か言ってくるだろう｣
｢言ってきますかね…｣
｢言ってくるだろ。一応一課との連携って話だからな｣
神埼はコーヒーを一気に飲み干し、席を立つ。
それを見た緋崎は慌てて席を立つが、何かを察してすぐに着席した。
(…まぁ、いつもの喫煙所だよなぁ…)
緋崎は最後に残した卵焼きを頬張り、ごちそうさまと言いながら手を合わせた。
一方、喫煙所に来た神埼は、視線の先に先客がいることを確認する。
｢どうも｣
｢はぁい、神埼さん。もうすぐ来る頃だと思ってました｣
喫煙所の先客である女刑事―景山 あすかは笑顔で手を振った。
｢…で？俺を待っていたってことは、何かあるってことだろう？｣
｢まぁ、そうですね｣
神埼はあすかの隣に座り、タバコを一本取り出す。
あすかは即座に神埼にライターを渡す。神埼は苦笑しながらタバコに火をつける。
｢火はつけてくれないんだな｣
｢私はホステスじゃあないですよ｣
｢それもそうだ｣
神埼はライターを返し、一服しながらあすかに話を振る。
｢…さっきも言ったように、何かあるんだろう？もったいぶらずに話してくれよ｣
｢そうですねぇ…｣
あすかはタバコをふかし、間を置いてから口を開く。
｢まぁ、端的に言えばわかっていません｣
｢…は？｣
｢ほぼ鳴りを潜めてからちっとも進んでないんですよ。ただ…｣
｢…だた？｣
｢ハッキリ言って妙なんですよねぇ…まるでこっちの動きを察してるような｣
神埼はあすかの話に唸り、周りを確認しつつ返す言葉を考える。
突如神埼にある考えが浮かんだ。それは、あまり考えたくない内容だった。
神埼は自身の考えをあすかに伝えようか迷う。それを察したのか、あすかは目線で促す。
｢…まぁ、言いにくい話だが…｣
｢どうぞ｣
｢もしかしたら、内通者がいるのかもな…｣
｢ふむ…｣
あすかは特に驚く様子は見られない。むしろ、想定内といったところだろうか。
｢まぁ、そう考えた方が自然でしょうね…あまり身内を疑いたくはないけど｣
｢そうだな…あまり考えたくはない話だ｣
｢そうそう…例の組織についてですけど｣
｢うん？｣
｢わかってることだけ…組織といっても、そこまで大規模な組織ではないみたいです。言ってしまえば、秘密結社…でしょうか｣
｢ほう…｣
神埼は組織の話に変わった途端に興味を示す。
以前彼女から聞いた、組織が絡んでるようだ…という話は、神埼の中でずっと引っかかっていた事項だ。
｢あいつ等は能力者を集めて何をするかまでは知りませんが、都市ひとつ混乱に陥れることには一応成功はしてるんですよねぇ｣
｢まぁ、そうだろうな…｣
｢今はそこまで大きくなくても、ゆくゆくは膨れ上がっていくでしょうね…一種の宗教みたいなものですよ｣
｢なんてこった…｣
神埼はやれやれと頭を横に振る。スケールの大きい話についていける自信がない。
あすかはタバコを灰皿に捨て、立ち上がる。
そしてすれ違いざまに神埼に向けてこう告げる。
｢秘密結社『スート』…覚えておいてくださいね｣
あすかはそう告げたあと、早足で喫煙所をあとにした。
ひとり残された神埼は、呆気に取られ短くなったタバコの灰が手の上に落ちるまで呆けていた。
慌てて灰を灰皿へと払い、タバコも灰皿へと落とすと―
｢……？｣
誰かからの視線を感じ、喫煙所から一歩出て辺りを見回すが、辺りには誰もいなかった。
｢…気のせいか｣
神埼は髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、違和感を抱きつつも喫煙所から離れた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
市内某所―
｢…危ない危ない｣
PC以外の明かりをつけてない部屋にて、ひとりの少年が鳥を模した幽体を撫でて笑顔でPCを見つめる。
｢どうやら見えなかったみたいだね。ま、その方が助かるけど｣
少年は一息かけると、幽体はろうそくの火のように消えていった。
そしてメールソフトを開き、届いたメールを眺めてニッと笑みを浮かべる。
｢へぇ、チェシャが動くのか。どうなるだろうねぇ…｣
少年は立ち上がり、部屋の隅にあるベッドに横になる。
これから起こることに予想しつつ、ニヤニヤとしながら天井を眺めていた。
｢ま、混沌としてるこの街を掌握するのは時間の問題だろうね｣
少年はそうつぶやくと、寝ながらスマートフォンをいじり始めるのだった。
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