「くそっ!またか…」
墨原警察署内。捜査一課の一角で、ひとりの刑事が資料を机に叩きつけ渋い顔で椅子に座る。
「何度目だ…こりゃあ…」
刑事はボサボサの髪をグシャグシャとかき乱す。隣に座っている身なりの整った刑事は、訝しげに隣を見ながら嫌味混じりでため息をつく。
「これで6件目ですよ、神崎さん」
「チッ…」
神埼と呼ばれたボサボサ髪の刑事は、席を立ち扉へと向かう。
「…って、何処へ行くんですか」
「喫煙所だ」
神埼はそう言うと、勢いよく扉を開け、そして勢いよく閉めた。
他の刑事たちは目を合わせ、苦い顔で頭を横に振った。
連続焼死体事件―ここ最近墨原市内で連続して起こっている謎の多い事件に、警察はかなり手こずっていた。
焼死体の特徴として、高い温度で焼かれている・灯油などの痕跡が全くない・そして、骨の一部が欠けていたり不自然な折れ方をしていたりしている―等々。
特に証拠もなく、身元確認も難航し、さらに全国ニュースでは警察への批判が相次いでいる。
いまだに全容が見えない犯人と進展しない捜査に対し、刑事たちも苛立ちが募っていた。
*******************
「…はぁ…」
神埼は喫煙所で缶コーヒーを飲みながら、タバコをふかしていた。
その時、喫煙所に近づく足音が聞こえてきた。こちらへとかけ足で近づいているようだ。
「あ、いた!神埼さん!」
比較的若い刑事が神埼に声をかける。と、同時にタバコの煙でむせる。
「何だ、どうした?そんな慌てて…」
「あっ…ゲホッ…そのぅ…」
「落ち着け、今消すから」
神埼は灰皿にタバコをもみ消し、改めて若手刑事に声をかける。
「で、そんな慌ててどうしたんだ?何か目星でもついたのか?」
「い、いえ…実は…」
若手刑事は一呼吸入れて、神埼にこう告げる。
「一課は、例の焼死体事件から手を引くそうです」
「―!?」
神埼は立ち上がり、おもむろに若手刑事の胸ぐらをつかむ。
「おい!どういうことだ!?」
「ひっ…ま、待ってください!まだ話の続きが…」
「くっ…!」
神埼はつかみかかっていた若手刑事を軽く突き飛ばし、早足でその場を去っていった。
その場に残された若手刑事は、ため息をついて服装を整える。
「…何ていうか、人の話を聞かない人だなぁ…」
若手刑事はふとスラックスのポケットを探り、スマホを取り出すとトークソフトの通知が届いてることに気づく。軽くタップして確認すると、がっくりと肩を落とした。
『真朝:おにーちゃん、帰りに大根とこんにゃく買ってきて!あ、あと砂糖もお願いね!』
「あいつ…」
若手刑事は再び大きなため息をついたのだった。
********************
「課長!」
神埼は捜査一課に入るやいなや、神妙な顔つきをしている課長に詰め寄る。
「一体どういうことですか!?あの事件から手を引くって…!」
「落ち着きたまえ、神埼くん」
「これが落ち着いていられますか!」
「何も全面的に手を引くとは言ってはいない」
「だったら何故!」
課長はゆっくりと席を立ち、神埼をなだめるように肩に手を置く。
「連続焼死体事件は、総合霊能課に指揮を一任した」
「…何だと…」
「『鬼』の話は君も知っているだろう?」
「はい…ですが、あれは」
「無論、我々では専門外だ。だが、『鬼』と能力者が関与しているとするならば話は別だ」
「お話の途中ですが、失礼しますよ」
突如、ふたりの間にパンツスーツ姿の女性が割って入ってくる。
女性はふたりに一礼し、背を伸ばして敬礼する。
「総合霊能課捜査官、景山あすかです」
「ご足労いただき感謝する、景山くん」
「あ…あん?」
「ああ、ごめんなさい。これから説明しますので席についていただけますか?」
「お、おう…」
あすかに促されるまま、神埼はゆるゆると自分の席へと戻った。
「さて…」
あすかは全員そろったところを確認し、改めてホワイトボードの前に立つ。
「改めまして、私は総合霊能課に所属する景山あすかです。以後、お見知りおきを…」
恭しくお辞儀を済ますと、再びホワイトボードに目を移す。
「では早速本題に…まず、連続焼死体事件ですが、とりあえず事件の概要はみなさんご存知の通りなので、省きますね。次に犯人ですが、鑑識から霊能課へ依頼されて、遺体を霊視したんですね。霊視結果はなんと、遺体に『鬼』の痕跡が見つかったのです」
あすかの説明に、一同は困惑の色を隠せずに動揺する。
ざわつく刑事たちに、あすかは思わず戸惑うが一息入れて話を続ける。
「痕跡といってもホントにわずかなんですけどね。で、我々霊能課としての結論は、『鬼』に関わる能力者が関与しているのではないかと」
「ちょっと待ってくれ」
神埼は手を上げ、あすかの話を遮った。
「あ、質問は後で」
「今『鬼』に関わる能力者と言ったな…能力者は『鬼』を討伐する者じゃないのか?」
「そうですね…今そのことに関してお話しますね」
神埼はため息をついて、椅子にもたれかかる。あすかはそれに構わず話を続ける。
「まぁ、能力者といっても千差万別でして、どんな能力があるかは省きますが、中には犯罪を犯す馬鹿…もとい、能力者もいるわけです。能力を悪用して犯罪を犯したりトラブルを起こす者を取り締まるのも我々霊能課の仕事のひとつなわけですが…まぁ、それはいいでしょう。霊能課の見方としては、『鬼』と関与する能力を持つ者と火を操る能力者…恐らくこの辺りの線が濃いだろうという結論に達したわけです。と、いうことで能力者の犯罪の線が濃厚ということで、一課長とうちの課長と上の話し合いにより、総合霊能課がこの捜査の指揮を任されたわけです」
あすかは資料を閉じ、いまだ困惑気味の刑事たちを見やる。
「ふむ…では、質問は?」
辺りを見回すが、刑事たちはざわざわと顔を見合わせる。
「…なさそう、ですね。では、そういうことですので。よろしくお願いします」
あすかは一礼し、足取り軽く一課をあとにした。
それを眺めていた神埼は、ため息をつきながら席を立つ。
「喫煙所ですか?」
「おう…」
神埼はいまだ困惑を隠せない刑事たちを尻目に、喫煙所へと向かっていった。
(まったく…怪しい連中に目をつけられたもんだ…)
タバコから昇る紫煙を眺めながら、神埼は天を仰いだ。
「あら?神埼さん?」
神埼はビクッと身体を揺らし、声のする方へと目を向ける。
そこには、先程まで一課にいたあすかの姿があった。
「あんた…確か…」
「私もちょうど一服したかったんですよ」
あすかはポケットから取り出したタバコに手を付け、神埼の隣へと座る。
「…そういやぁさっきの…」
「何でしょう?」
「あんた、犯人に目星ついてるんじゃあないのか?」
「はい?」
神埼の思わぬ問いかけに、あすかは思わず目を丸くする。
「何故そう思うのですか?」
「…長年の勘ってやつだ」
「はぁ…勘だけでそう言っちゃいますか」
「まぁ、それ抜きにしても、ちょっと言い方が引っかかったのでな…そもそも、何故能力者と特定できたんだ?」
「それはー…」
「『鬼』に喰われた程度だったら、能力者とは特定できないだろう…まぁ、遺体を燃やした奴は間違いではなさそうだが…俺は『鬼』自体感情と理性なんてものはないと教えられたんだが、『鬼』と能力者が結託したように聞こえたんだがねぇ、あの説明だと」
「…むぅ…」
「もうとっくにそちらさんの能力とやらで犯人は特定できてるんじゃないか?ん?」
「…そういうわけじゃあないですよ」
あすかは立ち上がり、吸いかけのタバコを灰皿に落とした。
そして神埼の方を見やり、先ほどの親しみある表情とは違い、真剣な顔つきになる。
「…内緒ですよ?」
あすかはそう言うと、顔を神埼の耳元まで近づき、辺りに人がいないのを確認し、耳元で囁く。
「…実は、ある犯罪組織が絡んでるみたいなんですよね」
「なっ!?」
「まぁ、学生たちの間でにわかに噂されてますが…その犯罪組織っていうのが厄介でしてね…全員能力者なんですよ」
「………」
「今は黙っておいた方がいいというのは、上からの判断ですけど…ま、確定したわけじゃあないので…他言は無用ですよ?」
あすかはそろっと神埼から離れ、踵を返し背を向けながら手を振って喫煙所をあとにした。
神埼は力なくパイプ椅子にもたれかかり、再び天を仰ぐ。
「スケールデカすぎだろ…」
まるで夢物語のようだ…と、神埼は心の中で呟いた。
ふと短くなったタバコを眺め、小さくため息をついたあと灰皿へと落とした。
*********************
深夜―
人がいないはずの廃墟に、人影がふたつ。
ひとりは奇抜な格好をした青年、もうひとりはゴスロリ風の衣装を身にまとった女だった。
「…ジェイ、どうやら警察も動き出したみたいね」
「はっ…!」
ジェイと呼ばれた青年は、女を見てせせら笑う。
「関係ねぇ。俺はただやりたいようにやるだけだ」
「そうは言っても、警察にも能力者は少なからずいるみたいだし、私たちにたどり着くのは時間の問題となってきたわ…幸い、組織の内通者が存在してることはバレてないみたいだけど」
「だから何だ」
ジェイはペットボトルの水を飲み干し、壁に向かって放り投げる。
「もう少し身の振り方を考えなさいってことよ」
女の手から炎が放たれ、ペットボトルが瞬時に燃やされた。
「私たちはあくまでもマスターに従うのみよ。わかっているわね?」
「へぇへぇ…」
面倒そうに返事をするジェイを見て、女はため息をつく。
「ま、いいわ。とにかく、今は目的のために動くことを優先するのよ」
女はそう言うと、スッと闇の中へと消え去っていった。
それを見送ったジェイは、ボロボロのベッドの上に転がる。
「いちいちうっせーんだよ…」
ジェイは天井を眺め、なおも不敵な笑みを浮かべている。
「警察だろうが何だろうが、かかってこいよ…返り討ちにしてやる」
ふと端の方を見ると、黒い物体が寄り添うようにジェイの傍らに近づいた。
ジェイはそれを小動物に触れるように、そっと撫でる。
「あん時はもったいなかったなぁ…」
ふとジェイは思い出す。数日前、餌を求めて住宅地に息を潜めて待ちぶせをしていたら、ひとりの女子高生が通りかかった。霊力の高い、そこそこ良質な餌だった。そこに黒い物体―『鬼』を放った。
だが、ひとりの男によって『鬼』は潰された。邪魔さえ入らなければ食事ができたはずだった。
「久々の良質な餌だったのになぁ…つくづく残念だよ」
ジェイは振り切るように身体を起こし、すぐさま横になった。
「ま…たまたま運が悪かったんだ…」
ジェイの口元はニヤッと笑みを浮かべた後、まどろみに任せて身体をボロボロのベッドに身を預けた。
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