希深編~思いの行く先々~

塾の帰り道。私はいつものコンビニにおにぎりを2、3個とお茶を買っていく。
ゴミ箱の傍らに立って、おにぎりを頬張るのがいつもの日課になっている。
時計を見ると21:30を過ぎていた。そろそろ『鬼』の活動時間帯に差し掛かる頃合いになる。
最も、まだ活発に活動する時間帯はまだ先だろうけど…私は、色んな理由で家には帰りたくはなかった。

「…あれ?君は…」

心臓がドキッとした。私に声をかけてくる人がいたなんて、夢にも思わなかったから…。
誰だろう…と、確認したら、何処かで見覚えある顔…。
「あ…」
あの人は…こないだ助けてくれた…―
「こんなとこで飯か?まだ肌寒いだろう」
「あ…はい…」
「俺も腹減ったからなぁ…あ、ちょっと待ってろ」
そう言って彼は店の中へと入っていった。私は食べかけのおにぎりを急いで食べた。「んぐっ」っと声にならない声を出して喉に詰まらせてしまった。お茶を飲んで何とか流す。
「どうした?」
「あ…」
見られちゃった…かも。そう思うと、顔から火が出そうになる。今顔を確認したら真っ赤だろう。
「ははっ、慌てて食べて喉詰まらせたな?」
「う…はい…」
「ほれ」
彼は私に缶コーヒーを差し出した。
「あ…ありがとう、ございます…」
私はそれを受け取ると、熱さで思わず手を滑らせそうになった。
「ははは、まぁ慌てんなって」
「は…はい…」
「それにしても、こんな時間まで何してたんだ?親御さんが心配してるだろう?」
「あ…私…塾があって…」
「ああ…それで…もしかして、あそこ?」
彼が親指で指した方向―この町内では大きな塾だった。
「は、はい…」
「あーそうなの。俺、あそこで講師やってるから」
「え?」
「…って、言っても…中学生専門だけどな。君、高等部だろう?タイの色が赤っぽいからな」
ああ、そうか…この都市の学校って言ったら、あそこだから…。
「とりあえず、それ飲んだら家まで送るよ」
「え…あ、いえ…そこまでは…」
「いいから、遠慮するな。それに、こないだみたいに『鬼』に出くわしても学生じゃあ教師付きでないと対処出来ないだろ?まぁ、俺は…自警みたいなもんだから、気にするな」
「でも…」
「…ん?何か困る事でも?」
「…いえ…」
さすがに今日は家に帰りたくない気分とは言えなかった。帰れば、ママに色々言われるのは目に見えてる。パパはそういう時何も言わない…ずっと冷えきったあの家に帰るのは、億劫でしかない。
「…行こうか」
「…はい」
私は流されるまま、彼に従った。私の悪い癖だ…人に流されてしまうのは。

*************

私達は世間話をしながら夜道を歩いていた。
彼の話が面白くて、さっきまでの億劫な気持ちがいつの間にか吹き飛んでいた。
幸い『鬼』に出会う事はなく、家の近くに差し掛かった頃―
「あ…」
「ん?どうした?」
「あの…名前、まだ…」
「ああ…」
彼は肩にかけていたリュックを下ろし、その中からカードケースを出して、一枚の紙を差し出した。
それを受け取って確認すると、私は声を出して名前を呼ぶ。
「景山…哲さん」
「おう。仕事用名刺ですまんね」
「いえ…あ、私…春坂希深です」
「希深ちゃんか…いい名前だな」
景山さんの笑顔を見て、胸が高鳴る。私、この人のこと…

「さて…家はこの辺だろう?」
「ええ…すぐそこに」
「とりあえず、何があったかは聞かないが帰った方がいいと思うぜ?『鬼』の活動時間もそうだが、女の子1人で夜道をウロチョロするもんじゃあないぞ」
「は…はい…」
…見抜かれてる?まさか、ね…。
「ありがとうございました…」
「おう、おやすみ」
「おやすみなさい」
私は一礼して、踵を返して家の方へとゆっくり向かう。
玄関に差し掛かった頃、チラッと景山さんの方へ向くと、彼は背を向けて反対側へと姿を消した。
何だか、申し訳なかったかな…逆方向なのに送ってもらって…。
このお礼は、何時かまたしよう。少しは進歩したかな…私。



「…ただいま」
「…遅かったのね。そういえば模試の成績表見たけど、また落ちてない?」
家に帰るやいなや、ママがキツい口調で小言を私に向かって言い出した。
「これじゃあ困るのよ。もっといい大学行って、いいところへ就職して」
「分かったから…」
私はママの言葉を遮って、そそくさと自分の部屋へと向かっていった。
部屋に入って、ベッドに早速横になる。そしてさっき貰った名刺をポケットから出して、眺める。
「景山さん…」
通ってる塾の講師だけど、私が知らなかったということは、最近入ってきたのだろうか。
何だかキラキラしてて、私には眩しいくらいの人だなぁ…。
あの人のこと、もっと知りたい…でも、私の事はどう見てくれてるんだろう…。

私は起き上がり、不安を吹き飛ばすように頭を横に振った。
この気持ちは、何時か伝えよう…ダメかもしれないけど…―

ううん、まだそうと決まったわけじゃない。先のことは、まだ誰にも解らないのだから…―